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1、如来
2、菩薩(観音)
3、明王
4、天部


この順番は何でしょうか?

よく聞く仏様たちですが、
それぞれどんな立場なのか考えたこともなかったですね。


これは日本における仏教界の仏様の順位らしいです。
(順位はないとも言われますが、ここでは順位付けとします。)

インドが発祥の仏教。
今の日本人には存在感が薄いかも。

     ………………………………………

今の日本は種々の宗教?が混在して何が何だか分かりません

◆生まれた時はお宮参り。(これは間違いない)
◆クリスマスはキリスト教。
◆お正月は神社。
◆結婚式は教会。(チャペルが主流、神社での結婚式は殆ど聞きません)
◆葬式は仏式。(余程の事がない限り、そうですね)

今の日本人に宗教心はあまり感じられない。
その乱れた日本の宗教観は、戦後の経済優先の施策の結果かも知れません。


それはともかく、仏教界の仏様の順位を知る人はあまりいないでしょうね。
よく名前は聞いても、どんな存在の仏様なのかよく分かりません。

そこで、私の即席勉強によるのが…最初に書いた順位です。

1、如来本当の仏様   
釈迦如来、大日如来、阿弥陀如来、薬師如来…(如来は主に4種類+他)

2、菩薩(観音)仏様になるための予備軍
弥勒菩薩、十一面観音、千手観音、文殊菩薩、地蔵菩薩…他多数

3、明王如来に従わない衆生を威嚇・救済する
不動明王、金剛夜叉、孔雀明王…他多数

4、天部仏教に帰依したヒンズー教やバラモン教の神々
梵天、帝釈天、吉祥天、大黒天、毘沙門天…他多数
(如来の4方角を守る四天王も天部4体です。)

※ちなみに、閻魔大王はどこにも属さないようですが、これも諸説。


大雑把には以上のような形になるようです。

なるほど仏教と言っても、
天部になると、むしろインド方面の神様なのでした。


a (2).JPG

▲篠栗の釈迦如来・涅槃像の足のウラ。
 (足元から撮影。立ち上がると自由の女神と等身大)






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やっと猛暑が遠ざかって秋の気配です。
時間が過ぎるのは早い……と実感させられます。

季節素材萩と月.jpg

この数年、仏教に関する本などを読んでいますが、
日本語の単語には、仏教から来た単語が結構な数になるようです。

もう随分前(高校生の頃)に覚えて、何となく知ったかぶりで
使っていた単語に『刹那』があったのを思い出します。

まさしく“瞬間”と言う意味でしょうが、
刹那の時間という表現は、具体的に何秒位でしょうか。
まぶたの瞬きくらいか…、それとも拍手を1回する位か…な。

『刹那』は、元々は仏教からの言葉で、サンスクリットの「クシャナ…」
=きわめて短い時間の単位と言う意味らしい。

仏教書には、色々な計算を経て、一昼夜を24時間としたら
一刹那は75分の1秒となっていますね。

現代の社会では、特にスポーツ競技などにおいては
100分の1秒まで表示するような事はありますが、
2,000年ほども前の人々が考えたとは思えないような
時間の小さな単位と言えます。

そんな昔に時間に縛られた生活をしていたとは思えない。
まさに人間の知恵の産物でしょう。

その頃はギリシャの哲学者の思想がどんどん出た頃ですかね。

洋の東西にかかわり無く、文化的な考え方の天才はいたのだと
驚かされます。
その頃の文字や地域の成り立ち方などの環境は今では想像も
つかないし、どんな考え方から始まったのか知ってみたいですね。


ちなみに、日本の数字の単位もやはり仏典から出ている。

億・兆…くらいまでは知っていても、
(けい)以上は日常とは全く関係ない。

最大のところに、不可思議(ふかしぎ)
無量大数(むりょうたいすう)などがありますが、
億より更に14桁も進んだ単位で、何が何だか分からない超特大の数字です。

勿論、小さい数字の単位も同じくらいあって、分・厘・毛・糸…
それから後は単なる教養の部分として存在するだけで、そんな事を
考えるのも人間か。

同じ人間とは思えないような頭脳を持って生まれた人間もいるのですねエ。






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佐賀県民にとっての一大プロジェクトの中で、何だか影が薄いのが…
新幹線西九州ルート

解決が見えて来ているようですが、地域住民の理解が必要な事項です。

ただ、佐賀空港問題(オスプレイ)や原発問題などですっかり影が
薄くなっていて、県民の話題にのぼってこない。

その西九州ルートについては佐賀県だけを考えれば、
メリットは90%無いと思われます。

東北新幹線(その後の北海道新幹線)の例を見ても、
佐賀は通過地の悲哀を味わう可能性が高いですね。
長崎県にとってはノドから手が出るほど欲しいのでしょうが…。

しかし、自分個人の意見としては九州全体の流れで考えたい。

確かに県単位だと反対する意見はあってもいいですが、
道州制が言われるこの頃には地域をもっと広く考えたいものです。
せめて西九州として福岡・佐賀・長崎が一体となれば
一番良いと思います。

        −−−−−−−−−−

ところで先日、物の本を読んでいたら、江戸時代にも
交通法規例がありました。

江戸時代に自動車は無いし、右側通行なんてのも無かったとしか
思えないが…。
ところがドッコイ、江戸時代から交通の決め事があったのです。

大八車には積載量規制
牛車や馬には監督者の明記と休息場所の指定
駕篭には営業許可制と駕篭の構造規制
罰則/牛・馬・車で人を死傷させた場合は流罪、荷主に罰金…

吉宗の時代に確立されたようですが、そんな目で時代劇を見てみたら
また違った見方が出来るかも知れません。

もっとも、そんなことまで考えて劇を作る映画監督さんがいるかは
不明ですが。

今上映中の「参勤交代」の映画でも見てみようかな。
本当に当時の交通ルールが適用されているかどうか…
⇒それは無理ですかね。




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今年も炎天下の8月7日から始まる「高校野球大会」

全国高校野球選手権(夏の甲子園大会)としては
記録上は第2次世界大戦中の4年間(昭和17年〜20年)は
中止となってます。

実は昭和17年は全国高校総体の一貫として
開催されていた…との事実があったようです。

開会式は奈良県の橿原市。

他の競技と一緒に高校総体の中の野球競技として、実施されたようです。
従って、当時のプログラムにも掲載されているとか…。

ただ、当時は奈良県にはちゃんとした球場がなかったのか、
試合は甲子園球場で開催されていたらしく、
イメージは夏の甲子園・高校野球そのものだったのでしょう。

決勝戦は、徳島商業が平安中学に延長サヨナラ勝ちで
優勝したとの事です。


残念ながら高校野球選手権大会としての記録には残らずに
高校総体の野球競技としての結果が残ったのです。

徳島商業は優勝回数を1回損した、事になりますね。


そしてその2年後、
甲子園球場は終戦までイモ畑となってしまいました。

今の高校野球の隆盛の陰には色々な話があるものですね。








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『朝の1時間は、夜の2時間分に匹敵する』というのは、
人が行動する効率の問題。

特に考える事や勉強する事においては顕著だと言われます。

人の『脳』が、働きやすい時間に行動するのが
色々な点で賢明だと言えます。


夜の9時から深夜3時まで(6時間)勉強するのは、
早朝4時から7時まで(3時間)やるのとは大差ない…。

眠い目をこすりながらやるよりも、少し早起きして勉強する方が
能率も上がり、体にとっても健康的と言えますね。
騒音なども少ない上に、寝起きで集中力が高まっている
からでしょう。


加えて、朝日には不思議と生命体そのものに与える
エネルギーがあると言うことで、
朝日への信仰もあながちイメージだけではないかも知れません。
(尤も、早く起きること自体が慣れないと大変かも。)

夕焼けA.jpg
 
お日様の色や空の色が時々刻々変わるのは、
大気中のチリや空気内の分子に太陽の光が反射や透過する事による
屈折の方向(プリズムの光)の差で色が変わるからです。

昼間の青い空と朝夕の赤い空。

変わり行く空の色は同じ太陽の光線からとは思えないほどですね。

夕方は人間生活の営みから、大気中に相当数のチリが
飛び交っている訳けで、朝の落ち着いた大気の状態だからこそ
あの黄金色の朝日が見えるのです。

 
プリズムを通過すると【赤・橙・黄・緑・青・藍・紫】の7つの色に
大まかに分かれるのが分かります。

その(虹の色でお馴染みの)7色を可視光線と言い、
人間が見ることが出来る色彩波長の中に納まります。

ただ、それから外側の見えない光線があり、赤外線、紫外線、
X線、ガンマ線など一般的に『放射線』と言われる光線もありますね。

それで分かることは、地球の生命体にとって有害な太陽光線も
色々と存在することです。


太陽は大自然の巨大な原子力発電所……
つまり、地球生命体にとって本来は脅威の天体なのです。

しかし、オゾン層を始め、地球を取り巻いている空気など色々な要素が
重なって、危険な光線から地球を守っています。

両極(特に南極)のオゾン層破壊が言われて久しいですが
もしオゾン層そのものが破れると、最も危険な自然破壊だと認識したい
ものです。

何しろオゾン層破壊は「地球生物全滅の危機」だから…。

        

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クモの糸と言えば言葉のイメージとして
『インターネットの情報網』と言うのが思い浮かべられます。

インターネットとは網の目と同じ雰囲気ですっかり馴染んでいます。

そして本当のクモの糸は、トンボや蝶が掛かったが最後、
そこからは逃げ出せない。
鋼鉄なみの張力があるようです。

それにしてもあんなに細いのに切れそうで切れずに、
獲物が逃げ出せないのは……
それは、あのトリモチのようなベタベタした粘りがあるからでしょう。


それではクモ自身は何故あの粘りの中を自由に動けるのか……。

クモが出す糸にも種類があって、タテ糸と骨組みになる糸には
粘りがないらしく、ぐるぐる巻いているヨコ糸にだけ粘りがあって、
獲物の虫は、そのヨコ糸に捕らえられるのです。

それなら、クモは粘りのないタテ糸ばかりを通っているのでしょうか。
現実的にヨコ糸に触れずに進むのは難しいに違いない。

『昆虫記』で有名なファーブルはその事に疑問を持ち、
クモの足から粘りに対応する物質が出てるに違いないと考えたのです。


そして、考えついたのが脂肪質。

そこで彼は実験のために脂肪質を溶かす溶液を準備して、
クモの足をよく洗い、クモをヨコ糸の上に置いたところ、
何と自分の巣に引っかかってしまった。――

その事は、どんな小さな生物にも生きていくのに対応した能力が
与えられていると言うことの一つの事例になったのですね。

最近は街の中ではめったにクモの巣を見かけません。
良いのか悪いのか分からないけど、クモの巣のイメージは、
古い・汚い・不潔…など人間には一般的に歓迎はされないでしょう。


クモ自体も独特なキャラクターでかわいいものではない
(少なくとも私にとっては苦手)。
しかし、全体の生態系にとって不必要なものはない……
きっとクモも何かに貢献しているに違いないのです。


あの毛嫌いされるゴキブリ(御器かぶり)も、何かの役に立っているのか?
疑問符も付くが、そうでも思わないと人間自体の存在も生物として
何なのか…、
何かの役に立っているのか…どんな動物より以上に疑問符が付きます。


地球を汚し、破壊し、いじめている張本人が人間なのは疑いがないところ。

無数の種類が棲息する小さな生物に段々興味を示さなくなった我々は、
本当は地球にとって最悪の生物と言えるかもしれないのです。




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目に見えない霊魂を何とかして物質化した状態にしたい・・・
と言うのがその道の科学者の心情なのか分かりませんが、
確かに物理的な形で霊魂が示されれば、
それこそセンセーショナルでしょう。

幻想花.jpg

昔から人間は死ぬと肉体から霊魂が抜け出す…と言われています。

しかし、それではその霊魂が何で出来ていて、
その重さはどのくらいかと言う事になると、誰も答えられないと、
当然のように思われていました。


ところが、そんな疑問を解こうとした人達がいたんですね。
世界で初めて『霊魂測定実験』なるものが
約40年も前にドイツで行われていた。

なるほど理屈好きのドイツ人らしいと言えばそんな感じ。

医者、心理学者、科学者など当時の精鋭7名が集まり、
霊魂の正体を究明すべく精密な測定装置(どんな装置か?)を
作ったそうです。


何をやったかと言うと、約100人を対象に死亡時のケースを
調査・測定の結果、人間の死亡時には体重が35グラムだけ
軽くなる事をつきとめたのです。

勿論、水分やガス等も抜けるだろうけど、それをも計算の上での
数値だったのです。

彼らは、この軽くなった35グラムが霊魂の正体
であり、死とともに肉体から抜け出し、
非常に細かい粒子となって大気中に浮遊する…と説明しました。

それを『エクトプラズム』と名づけて、
何らかの力で、時として人間に近い姿にもなると言われます。


日本でも、念写での霊魂写真の実験などが話題になる事が
あったようですが、果たして本当の意味での解明は…となると、
まだまだ不明な部分が多い・・・

と言うより、このデジタル時代に何だかあまり話題に
のぼりませんかね?

しかし霊魂を物質化すること自体がおかしい?
心の中に、脳の中に霊魂があると考える方が自然かもしれませんね。



  


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生きている人間の脳は、水っぽく輝いていてきれいなものらしい。

動脈や静脈が配線模様のように見える・・・
そんな脳がすべての人間の頭蓋骨にも収まっているとのこと。


外部からの衝撃から守るために、水に浮いているように
なっているらしいのです。

そして、白人も黒人も日本人もみな同じ形。
もちろん女性も男性も、老人も若い人も同じ。

ただ、肌と同じように多少のたるみとか色の変色ぐらいは仕様がない。
「しわ」 も次第に深くはなっていくらしいのですが、
そんな風に外形はほとんど変わらないのに、その内容は
あらゆる人の精神構造、性格、運動能力を左右して
個性」を作り出しています。


脳医学の第一人者の方の見解として……

どの脳を開いても、本質的には形や色は同じなのに、
宗教的な考え方や言語の差など、国が違えば全く理解できない。

そんな通じ合わない「脳と脳」が世界中に70億個近くも生きている。
そして同じ国でさえ、生まれた時代で発想や生きざまが変わります。

確かに不思議と言えば不思議なものです。

すべての人間において「性格の違い」…などということが言われますが、
その実情は「脳の違い」…というのが正しいようですね。

同じ国民でも、その育った環境や生活習慣、社会的立場などによって
考え方が違います。

今回の英国のEU離脱を見ながら、ふと思わされます。





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自分が高校生の頃、一体何に興味があったかと思えば…
強いてあげれば地理とか都市の人口に興味がありました。

高校時代と言えば、もう40数年前。
当時の都市人口の世界でトップはニューヨークの約1,100万人。
上海と東京の約1,000万人。
大ロンドンの約900万人…と言ったところでした。

ところが、17〜18年程前に聞き覚えたデータでは、
メキシコシティー、ソウル、ニューデリー、サンパウロなどが
1,000万人を超えていると思われますね。

最近は上海や北京は1,500万人超とも言われます。
(最近の資料を見ると、なんだか順位がバラバラです。)
(どれが正しいのか判断できませんね。)

そして世界(地球)にはどのくらいの人間が存在するのか。
勿論推測ではあるけど、2015年現在で65億人は間違いないと思われます。

その数字が多いか少ないかは別として、
地球存続の為の課題は、この50年間ほどで人口がほぼ2倍近くになった
加速度でしょう。

このままのペースで行くと、20年後の地球上には100億人が
ひしめき合うことに・・・

earth3.jpg


人類誕生から何百万年か経過したに違いないでしょうが、
本当の『人間らしく』なったのは約2万年前くらいから。

4大文明を経てギリシャ・ローマ時代から近世の産業革命の頃までは
緩やかな人口増加曲線を描いていました。

1900年頃(明治後期)では約30億人ほどで、
1950年頃(昭和25年)では約35億人。

ところがその頃から発展途上国を中心に一気の人口増で
急カーブの右肩上がり曲線を示しています。

つまり、1900年⇒1950年  5億人増
対して 1950年⇒2010年 30億人増 

地球にどれだけの人間が住めるのか答えは出ませんが、
食糧生産量など、限度はあるに違いないでしょう。

いわゆる先進国と言われる25%ほどの国はむしろ減っているのに、
75%ほどの途上国の人口増加が多く、
貧困や食糧事情を含めた環境の悪化が問われます。

有名な国の人口より、アジアの無名な国の人口が多かったりする。

ただでさえ汚染されていると思われる地球上に
あと30億人が増える状態を考えたら
神様は地球の再生を考えるかも知れません。

つまり一度地球を滅ぼして、一から作り直すのです。



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このところ、知り合いが咳に悩まされています…

風邪の症状は全くないのに「咳・たまに痰」が時々きつい。

風邪と言うのは、一般的に数日経てば、自然に治るとのこと。

よく風邪を引いたら注射を打って早く治そう…と
医者に「風邪を治す注射をお願いします。」と言われる人が
多いと聞きます。

しかし、風邪を治すのに注射するなどと言う治療法は無いらしいですね。


注射をすれば治る…と思い込んでる人にはブドウ糖など、
本来はちょっとした栄養剤的なものでも効くらしいから面白い。
正に「病は気から」の答え合わせのようです。

それはともかく、上手な医者とは風邪などの患者の症状に、
どんな薬を如何に処方するかがポイントでしょうか。

何百という種類の中から薬を選ぶ訳で、確かに少々の知識では
追いつかない。
もちろん、代表的な十数種類を知っておけばOKかも知れませんが、
要は症状に合うものを選べるかどうか…でしょう。

放っておいても4〜5日で治る風邪を、半分の時間の2〜3日で
治すのが薬の力。

処方された薬はちゃんと使用する、売薬だったら治ったかどうか
分からない。

いや、売薬では治りませんよ…と診療する医者は言います。

知り合いの場合はもう1カ月近くも咳に悩まされて、
他の疾病の恐れがあるかも知れない検査のためにレントゲンを
撮っても原因不明とのこと。

これからは、必要以上に余分な薬を出して点数稼ぎをやっている…
などと疑われないような信頼関係を持てる医者がもっと増えてくれれば、
より親しめる病院・医院となるでしょうが、何とも言えないですね。



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